屋久島(もののけ姫の森)
洋上アルプスと呼ばれる山岳島、屋久島は山岳信仰の島である。
各集落では春と秋、集落の山にお参りをする。例えば原集落はモッチョム岳へという具合である。これを岳参りと呼んでいる。
今から3年前の9月、私は中間集落のHさんから「七五岳へ岳参りに行かないか」と誘いがかかった。
登山当日は朝から小雨が降っていた。天気が良くない。7名が行く予定であったが5人が辞退し
登るのはHさんと私の二人だけとなった。区長をはじめとして集落の役員10名ほどが見送ってくれて、七五岳へ向かった。
ふだんはめったに人が入ることのない山道は荒れていてあちこちで道がえぐられ、寸断されていた。
果たして頂上までたどりつけるだろうかと不安になったが、そこは幼少のときから山を歩いているHさんは道なき道をどんどん進んで行く。迷うこともなかった。
雨はしだいに激しくなって、登山用のウインドブレーカーは雨でびっしょり。体は汗でぐっしょり。おまけに山ビルが、いつのまにか足や首筋に吸い付いていたりした。「ヒルはね島の東半分にはいないんだよ」とHさん。
どうしてか理由はわからないという。どこかに座って休憩しようものなら、たちまちヒルが足下に寄ってくる。気持ちわるい。血を吸う森の吸血鬼だ。
植物に詳しいHさんが途中の草や樹木、シダ類、きのこなどを説明してくれる。突然、前方のタブノキの中で黒い影が動いた。
「あっ、サ・・」言いかけた私をさえぎって「山へ入ったら、サルと言わずにタイショウと言わんな罰があたっど」(お山の大将か・・・)
急登となった。七五岳は中間集落の方から遠望すると、ほぼ二等辺三角形の山容をしていて頂上に近づくにしたがって花崗岩の絶壁がむき出しになってくる。
ロッククライマーのように岩の裂け目に手をかけ足をかけ何とか難所を乗り越えると、ようやく頂上にたどり着いた。霧雨の中、視界はほとんどゼロに近く、白い雲と背後に屏風のように立ちはだかる白い岩肌のほかには何も見えない。
あった。頂上のステージの屏風岩の前に小さな岩のほこらが置いてある。
Hさんがザックの中から集落からあずかった塩、米、お賽銭、焼酎を出して、ほこらの前に供えた。
その瞬間であった。上空の雲がぽっかりと穴が開き、青空がくっきり現れて、そこから陽光がすじを立てて頂上部分に降りそそいだのであった。
あまりの神々しさに心を打たれ息をのんだ。私たちは山の神様に集落の人たちの無病息災、豊作、豊漁を祈って手を合わせた。
標高1488mの頂上にじっとしていると汗と雨でぬれた体はどんどん冷えてくる。寒さに震えながら焼酎で乾杯し、昼食をすませた。
いつのまにか再び白い雲に包まれて、霧雨の中、帰路についた。
下山途中で集落の神社に供えるシャクナゲの枝を何本か手折った。
この日のふしぎな体験を私は終生忘れることはないだろう。
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